ラグーザお玉の墓/長玄寺

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お玉は文久元年(1861)芝の生まれ。幼いころから絵の才能があり、絵師についていました。明治9年(1876)工部美術学校彫刻科教師として来日したラグーザと知り合い、西洋の絵画技法を学びました。後に結婚。明治15年(1882)イタリアに渡り、ラグーザが故郷シチリア島パレルモに開いた美術学校で副校長として補佐する傍ら、画家としても活躍し各地の展覧会で賞を受けました。ラグーザの死後、昭和8年(1933)帰国。同14年(1939)死去。南欧と日本の美を融合した画風という。明治政府の下で日本医学の近代化に貢献したドイツ人医師エルウィン・ベルツは、滞在中に3千点余りの日本絵画を集めたが、最近そのベルツ・コレクションの中に、お玉が明治13〜15年頃に描いた「村落風景画」、「家族画」「女湯」などの水彩画が含まれていることが分かりました。長玄寺は寛永5年(1628)市ヶ谷に開創、享保3年(1718)現在地に移りました。ラグーザお玉の墓と碑があります。

アクセス情報

東京都港区元麻布3-5-16
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