パナソニック汐留美術館「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」 あのアアルトも憧れたフィンランドの巨匠、日本初の回顧展をレポート!

7月3日に東京・汐留のパナソニック汐留美術館で開幕した「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」。9月20日まで開催される本展は、20世紀初頭から半ばの建築界において、フィンランドの伝統とモダニズムを融合した独自の建築デザインを生み出した同国の英雄的存在、エリエル・サーリネンの業績をたどる日本で初めての回顧展です。今回は実際の会場の様子とともに、北欧ファンなら必ず訪れたい本展の見どころを紹介します。

フィンランドの国民的英雄、初の回顧展

フィンランドのデザイナーというと、数々の有名建築やプロダクトのデザインを手がけたアルヴァ・アアルト(1898-1976)が有名ですが、本展で取り上げるエリエル・サーリネン(1873-1950)はアアルトの一時代前に活躍し、その彼が憧れたという近代の巨匠です。フィンランドにおけるモダニズムの原点を築いた人物として、その偉大さは彼がフィンランド国立博物館やヘルシンキ中央駅という国家を代表する建築を手がけたという功績からも理解できるでしょう。

エリエル・サーリネンの肖像

1873年にフィンランド東部の町・ランタサルミで生まれたエリエル・サーリネンは20歳の時にヘルシンキ工科大学建築学科に入学。在学中に同窓生だったハインリッヒ・ゲセリウス(1874-1916)、エリエル・リンドグレン(1874-1929)とともに「GLS建築設計事務所」を設立。三人はアール・ヌーヴォーの薫りの中にフィンランドの民族らしさを融合した「ナショナル・ロマンティシズム建築」を確立し、1904年からはヘルシンキ近郊の町に「ヴィトレスク」というアトリエ兼共同住宅を作って家族と移り住みます。そして本展で紹介される数々の功績を残した後、1922年に『シカゴ・トリビューン本社ビル』のコンペティションで2等を獲得したのを機に翌年には49歳でアメリカへと移住。最晩年まで同国を拠点にして国際的な成功を収めました。

会場の展示風景

本展はフィンランド時代におけるサーリネンの足跡を時系列で追った全4章による構成。彼が描いた図面や写真、デザインした家具やテキスタイルなどが展示されています。会場内に入って聞こえてくるのは、サーリネンと同時代に活躍したフィンランドを代表する作曲家、ジャン・シベリウス(1865-1957)の交響曲。目だけでなく音でもフィンランドの世界に引き込まれます。

フィンランド芸術家の支柱になった『カレワラ』

冒頭のプロローグではサーリネンやシベリウスの創作に大きな影響を与えた民族叙事詩『カレワラ』に関する展示が見られます。1835年にフィンランドの医師、エリアス・リョンロート(1802-1884)によって出版された本書は、19世紀ヨーロッパでロマン主義(古典主義から脱却し、感情や個性、自然との関わりを尊ぶ芸術思想)が流行した時代に、当時フィンランドの公用語だったスウェーデン語ではなく、土着の言葉であるフィンランド語で伝わってきた民族の伝承詩がまとめられたものです。

手前/『レンミンカイネンの母』 アクセリ・ガレン=カレラ 1903年

「カレワラ」とは「カレワという部族の勇士たちの国」という意味。その中には宝を巡って戦う4人の英雄の冒険が描かれています。まさに民族の誇りといえる物語が綴られた叙事詩は、サーリネン、シベリウス、そして同時代のフィンランドを語る上で欠かせない画家のアクセリ・ガレン=カレラらの作品で重要なモチーフにされてきました。会場ではそれらのいくつかのエピソードが紹介されています。

1900年パリ万博での活躍を経て国民的英雄へ

第1章「フィンランド独立運動期」では、若き日のサーリネンが名声を得るきっかけになった1900年パリ万博での功績を中心とした展示を見ることができます。

「1900年パリ万国博覧会のフィンランド館と同時代の工芸品」の展示風景

世界中から5千万人以上を集め、19世紀最大の万博になった1900年のパリ万博でサーリネンらはフィンランド館の設計を担当。『カレワラ』の登場人物、土着の動物をはじめとする民族の歴史・風土にまつわるモチーフを随所に取り入れるなど、ナショナル・ロマンティシズム建築の思想が表れた展示館はその独創性で国内外からの注目を集め、この成功を機に彼らは『ポホヨラ保険会社ビルディング』や『フィンランド国立博物館』など国内の重要な大型建築も手がけることに。その一方で、この活躍は1917年にロシア帝国からの独立を迎える前だったフィンランドにとって民族意識を高める役割も果たしました。

手前/「1900年パリ万国博覧会フィンランド館」の1/100スケール模型

第2章「ヴィトレスクの共同制作」では、サーリネン、ゲセリウス、リンドグレンの共同制作の場となったヴィトレスクを主題に、サーリネンが手がけた数々の家具も展示されています。

手前/「ヴィトレスク リンドグレン邸 立面図(湖側の西立面)」 ゲセリウス・リンドグレン・サーリネン建築設計事務所 1902年

湖畔の静かな森の中に3年かけて築かれたヴィトレスクは三人の共同制作の場であり、家族と生活する家でもありました。英国のアート・アンド・クラフツ運動の思想にも通じるヴィトレスクには、建物にも調度品にも伝統的なフィンランドらしさが表れ、それは展示されているチェアや燭台からも感じ取ることができます。

手前/「ヴィトレスクのサーリネン邸の寝室の椅子」 エリエル・サーリネン 1902-1903年頃、奥/サーリネン邸ダイニングルームの空間再現

芸術と産業が溶け合ったデザインは、その後の北欧デザイン製品へとつながる萌芽ともいえるでしょう。また、このコーナーの小部屋にはサーリネン邸のダイニングルームの空間が再現されています。木の温もりを感じる独創的なチェアは、どれもかわいらしいものばかり。

国じゅうを魅了したサーリネンの住宅建築

第3章「住宅建築」では、サーリネンたちのGLS建築設計事務所の真骨頂といえる集合住宅や個人邸宅に関する展示が見られます。

『スール=メリヨキ荘』の展示風景

立面図に見る『ウーロフスボリ集合住宅・商業ビルディング』のように、大きな塔を持ち、変化に富んだリズムを持つ集合住宅は当時のフィンランドのトレンドになりました。また、これらの住宅からはナショナル・ロマンティシズム建築の重厚さが薄れ、若くして名声を得た彼らがひとつひとつの建築で新しい様式に挑んでいたことが伺えます。

サーリネンがデザインした家庭用テキスタイルの展示風景

『スール=メリヨキ荘』や『ヴィットゥールプ荘』のように個人邸宅にも彼らの建築の大きな特徴だった花崗岩の玄関や漆喰仕上げによる壁などを配し、木造のログハウスが定番だった時代のフィンランドの住宅に新風を起こしました。サーリネンらは室内の内装や家具までデザインすることを常としており、展示では室内装飾の資料も見られます。各所にフィンランドの自然や風土がモチーフに使われた室内は、今のフィンランドデザインに通じるところもあってとっても素敵。

「シカゴ・トリビューン本社ビル計画案」の展示風景

その後、第4章「大規模公共プロジェクト」では、『ヘルシンキ中央駅』や『フィンランド国会議事堂計画案』など、サーリネンの国家レベルの業績に光があてられ、1923年にアメリカへ渡った後の晩年を語るエピローグ「新天地、アメリカ」へと展示は続きます。終盤では、ミッドセンチュリー時代のアメリカで活躍したサーリネンの息子、エーロ・サーリネンに関する展示もあって最後まで見逃せない内容です。

ミュージアムショップの風景

なお、館内ではサーリネンの作品を収録した約7分半の映像も視聴可能。一連の展示を見た後に改めて映像で彼の功績を辿れば、より一層理解が深まるはず。また、ミュージアムショップでは本展の関連商品や北欧デザインのグッズが揃っているので、ぜひチェックしてみて!

「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」は東京・汐留のパナソニック汐留美術館にて7月3日から9月20日まで開催中。フィンランドにおけるモダニズムの原点がわかる貴重な機会。北欧ファンは必見の展覧会です。

パナソニック汐留美術館 「サーリネンとフィンランドの美しい建築」 展

美しい森と湖で知られる北欧の国フィンランド。日本でもファンの多いフィンランドのモダニズムの原点を築いたのがエリエル・サーリネン(1873-1950)です。サーリネンはヘルシンキ工科大学在学中に出会ったゲセリウスとリンドグレンと共同で設計事務所を設立し、1900年パリ万国博覧会フィンランド館の建築が好評を博して、みごとなデビューを果たします。初期の作風は、ナショナル・ロマンティシズムと称される、アール・ヌーヴォーの影響をうかがわせながらも民族の独自の文化的ルーツを表現した建築で、当時、独立を求めていたフィンランドの人々を鼓舞させるものでした。 3人はやがて、静かな自然のなかで暮らしながら協働し、芸術家たちと交流できる理想の生活の場として、ヴィトレスクをつくります。住宅、商業建築、公共建築、駅や都市のデザインと、次第に幅を広げていくサーリネンの設計活動は、20世紀前半の近代化と手を携えていました。その作風は、多様な文化を受け容れつつ民族のルーツを希求した初期のスタイルから、独自の形態を通じて新しいフィンランドらしさを提示しようというモダニズムへと展開します。 本展は、1923年の渡米までのフィンランド時代にスポットをあて、図面や写真、家具や生活のデザインといった作品資料の展示を通して紹介します。つねに革新を求めつつ、自然や風土に根ざし、光と陰影をとりこんで豊かな表情を見せるサーリネンのデザインは、生活のあり方を一歩立ち止まって考え直す時を迎えている今の私たちの心に深く語りかけるでしょう。 ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため予約サイトでの日時指定予約にご協力をお願いします。詳細は下記URLより、パナソニック汐留美術館ホームページをご確認ください。

関連記事

国立新美術館にルーヴル美術館の“愛”の名画がずらり。 行く前に必見ポイントをチェック!

2023年4月3日

左/©国立新美術館 ©The National Art Center, Tokyo 右/フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》1798年 パリ、ルーヴル美術館 Photo©RMN-Grand Palais(musée du Louvre)/ Tony Querrec /distributed by AMF-DNPartcom*写真の無断転載を禁じます。 6月12日までの期間、六本木の国立新美術館で「ルーヴル美術館展」が開催中です。今回のテーマは「愛を描く」。ルーヴル美術館のコレクションから愛のストーリーに導かれて、珠玉の名画が集結します。うっとりするような作品から心揺さぶられる作品まで、必...

アートな街・六本木の2大ギャラリービル「ピラミデ」と「complex665」でギャラリー巡り!

2022年12月23日

国立新美術館やサントリー美術館など多くの展示施設が点在し、東京ミッドタウンや六本木ヒルズを中心に、街の中にもいろんなところにパブリックアートが見つかる六本木。そんな六本木でできるアートな旅のひとつが「ギャラリー巡り」です。今回は六本木の中心部に立つ2つのギャラリービルをピックアップして、ビギナーの方でも気軽に楽しめるギャラリー巡りを紹介していきましょう。 アートな街、六本木で「初めてのギャラリー巡り」はどう? 意欲的なテーマでキュレーションされた作品や新進アーティストによる作品など、個性豊かな芸術作品に無料で出逢えるのがギャラリーの魅力。ただ見るだけではなく、気に入った作品は買えるというバイヤ...

森アーツセンターギャラリー「冨樫義博展 -PUZZLE-」を鑑賞! 『幽☆遊☆白書』や『HUNTER×HUNTER』の足跡を貴重な原画・資料362点とともに

2022年11月4日

『幽☆遊☆白書』『レベルE』『HUNTER×HUNTER』などの作者として知られる漫画家・冨樫義博氏の画業35年の節目を記念した企画展「冨樫義博展 -PUZZLE-」が、10月28日に港区・六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで始まりました。来年1月9日まで開催される本展では、冨樫氏が手がけた歴代作品の原画および資料を362点展示。その中には本展初公開のイラスト・資料16点も含まれ、ファン必見の内容になっています。ここではプレス向け内覧会で見てきた実際の会場の様子とともに本展のポイントを抜粋してお伝えします。 エントランスから歴代作品キャラクターたちが勢揃い 今年7月の開催発表から大きな話...

3年ぶりの開催「六本木アートナイト2022」の楽しみ方 村上隆コラボの『ドラえもん』や最新アートで3連休の六本木が芸術に染まる!

2022年9月13日

9月17日から19日まで、六本木の街を舞台に開催される「六本木アートナイト2022」。新型コロナウイルス感染拡大の影響による延期、中止を経て3年ぶりの開催となる「六本木アートナイト」。ここでは今年の開催概要に触れつつ、初参加の方でもよくわかる六本木アートナイトの楽しみ方を伝授いたします。 そもそも「六本木アートナイト」って何? 国立新美術館や森美術館、サントリー美術館をはじめとした美術館や文化拠点が点在し、街全体にアートの気風が流れる六本木を舞台に年に数日だけ開かれる“アートの饗宴”です。2009年に初開催され、新型コロナウイルス拡大防止の観点から去年と一昨年は惜しくも延期の末に中止となりまし...