【動画記事】芝百年会の旦那衆に聞く「芝の街の今昔」と「芝地区に元気な百年老舗が多い理由」

芝地区、芝浦港南地区、高輪地区、麻布地区、赤坂地区と大きく5つの地区に分かれる東京・港区のうち、新橋や大門、最近話題の竹芝などを擁している芝地区。その芝地区に創業百年を越える老舗28件が集い、地域経済の活性化や老舗文化の発信に根ざした活動をしている「芝百年会」というグループがあります。精力的な活動を続ける中、2022年2月には芝地区への想いが詰まった書籍『芝百年 暖簾の物語』を刊行するという芝百年会。今回は同会会長の金子栄一さん(芝大門 更科布屋 店主)と理事の長谷文彦さん(芝浦おかめ鮨 店主)に、芝地区で生まれ育ったお二人ならではの貴重な思い出や芝の街への思いなどを語っていただきました。

この街で生まれ育った二人が語る「芝地区の今昔」

——-まずはお二人と芝地区とのつながりから教えていただけますか。

金子栄一さん(以下、金子)
「私は昭和30年(1955)にすぐそこの慈恵会第一病院で生まれまして現在66歳になりました。ここで生まれ育って結婚してから一時違うところに住みましたけど、またこちらに住むことになって、ずっと芝大門に根付いている人生です」

長谷文彦さん(以下、長谷)
「私は玉川上水の生湯に浸かって生まれまして、姓は長谷、名は寅次郎…じゃなかった文彦でよく名前負けしていると言われます(笑)」
——-昔の芝・大門の思い出をざっくばらんに教えてください。

金子
「昔の思い出とか、今は変わってしまったけれど『こんな街だったね』っていう懐かしい郷愁みたいなものはありますよね。そのあたり長谷さんはどうですか?」

長谷
「大きく変わりましたよね。芝の中でも会長(金子さん)のところは芝大門、うちの方は本芝と呼ばれていて、どこが表門で裏門か分からないような街です。60年代からオイルショック過ぎた頃までにビルを建てたりした方は今も住っているけど、そうでない方は転宅していったり、大きな変化がありました」

六本木ヒルズから見た芝地区方面の街並み

金子
「僕らが小さな頃は近所に同級生がたくさんいて、よく一緒にメンコをやったりして遊んでいたんですよ。でも、その友だちもほとんどいなくなって、いま残っているのは一人だけです。あと、こちらは昔は花柳街としてにぎわっていてね。芝神明の芸者さんがたくさんいて、親父の代の頃はうちの隣には見番(芸者を取り締まる事務所)がありました」

長谷
「今、港区では芝浦一丁目にある『港区立伝統文化交流館』が最後の見番建築として残っていますよね。あそこが(歴史建築の)価値を継承して新しい使い道を示す起点になってほしいと心から思っています」

金子
「本当にそうですね。港区は古いものや伝統がいろんな場所に点在しているし、そういう面でとても魅力がある地域です。それを受け継ぎながら新しいものも取り入れて融合していくといいですね」
——-子ども時代はどんな遊びを楽しんでいましたか?

金子
「野球をやっていたので『芝大神宮』の参道でゴムボールで野球をやったり。この地域らしい遊びといえば、神社に階段があるでしょ。その階段にメンコを置いて靴でポーンと打って誰が一番飛ぶかとか。そういう遊びをしてみたり…」

長谷
「昔から自然も豊かですよね」

金子
「そうですね。なんたって『芝公園』があるから。東京は緑が少ないなんて言われることもありますが、僕にはそういうイメージがまったくないんです。本芝の方はどうですか?」

長谷
「子どもの頃に人が集まる場所といえば縁日。二の日といって2日、12日、22日と月に2、3回くらい市が立っていました。私のところの芝商店街も二の日は縁日があって、植木屋や靴屋が出ていたり、昔はドンドン焼きというお好み焼きみたいな食べ物が人気でした。金魚すくいがあったり、ヨーヨー釣りがあったり、どんな子も分け隔てなく遊べた雰囲気がありました」

開業時、東京タワーには芝大門まで行列が!?

——-お二人が子どもの頃からこれまでに芝界隈にはさまざまなスポットができましたね。

長谷
「会長は『世界貿易センタービル』が立った時をしっかり見てるんですよね?」

金子
「あそこは僕が中学3年の時にできて、それから今年で50年が経ったので立て直すんですけど、その前に都電の車庫があったのも見ています。でも、一番記憶に残っているのは『東京タワー』ですね。僕が4つの時にできて、高さ333メートルという語呂も良かったし、色もかっこいいし、すごく高いと思ったのを覚えています。記憶が確かならば開業の時に展望台に上がる人がすぐそこまで並んでいました」

増上寺の門前から東京タワーを見上げる芝大門の町

長谷
「え、大門のここまで?」

金子
「直線距離で7、800メートルは並んでいたでしょうね。これは上まで登るの大変だなって思っていました。小さな頃は『これ、倒れたらウチまできちゃうんじゃないかって』なんて思っていてね(笑)。長谷さんはどこが一番思い出に残ってますか?」

長谷
「僕は昔のお台場ですね。商店街のおじさんがよくハゼ釣りに連れてってくれました。たしか大きい台風の後だったか、木場の方から大きな丸太が流れてきていて、そこでめっぽう釣れたのを覚えています。子どもだけの遊びもあったけど、近所の店の人に『お前んとこのせがれ何やってんだ、暇しているなら釣りに連れてくよ』って駆り出されて、帰ってくると釣ったものをおばあちゃんが干して雑煮の出汁にしたり、甘露煮にしたり。それで夕食より先に銭湯に連れて行かれたのをよく覚えています」
——-昔から芝地区を見続けてきたお立場から今の街にはどんなことを感じますか?

金子
「建物などハード面の変化もありますが、やはり住んでいる人と通ってくる人の割合が変わったというのが大きいですね。今は通勤通学でいらっしゃる方がこの街を支えている基盤です。その中でどれだけ芝地区の魅力をお知らせできるかが今後の課題だと思っています。いろんな会社の本社や創業地があるじゃないですか。東京ガスさんだったり東京電力さんだったり」

東京ガス本社前に立つ「創業記念碑」

長谷
「お茶漬け海苔の永谷園さんもね」

金子
「永谷さんもそうですね。要するにここに本社や創業地があるということを全国にいる社員の方々が誇りに思える地域にすれば、街の存在感がもっと出てくると思うんです。我々の芝百年会もそういうところのお手伝いをしていきたいと考えています」

街を愛し、伝統を次代につなぐ芝百年会

——-ここで芝百年会の活動について改めて詳しく教えてください。

金子
「芝地区にある創業百年以上のお店が集まって2016年に始まった会です。最初は新虎通りができる時にあの辺の古いお店の方が集まって何かをしようという話になって、そこに芝地区から広くいろんな方が集まってきました。非常に面白かったのは、僕はおかめ鮨さんのことを知っていたしご主人のことも知っていて、同じように顔も名前も知っている古い暖簾ばかりなのに、話したことがない人が結構たくさんいたんですね。それが百年会をきっかけに旧知の仲のように話せるようになりました。みんな共通した意識があるし、もちろん芝地区に対する思い入れもあるし、それがつながっていくと地域振興や地域交流の大きな力になると思うので、これから先がとても楽しみです」

芝百年会のメンバー(結成時の2016年に撮影)

長谷
「日本酒、洋酒、乳製品、それから我々のような蕎麦やお寿司など、食に関わる方が多いですよね。食は国力のバロメーターなんて言いますし」

金子
「そうかもしれないですね。天ぷら、寿司、うなぎ、蕎麦という江戸料理に欠かせない4種類がぜんぶ会員の中にいます。長谷さんが仰るように、牛乳やコーヒー、鞄のような伝統産業以外の業種も集まっていますし、それでも百年の歴史があるのが面白いところです」
——-芝地区に元気な老舗が多い理由はどんなところでしょうか?

金子
「やはり何といっても家業への執着だと思っています。僕の親父は二人の兄が(戦時中の)学徒動員で死んじゃったものですから三男坊だったのに家業を継ぎました。きっと代々続いている家業を自分の代で途絶えさせてはいけない、絶対に続けてやろうという気持ちだったんだと思います。7代目の私も、アウトにならないまま7番バッターから8番バッターにつなごうという気持ちでやっています。もうひとつは土地への愛着ですね。芝のこと、大好きですから。僕はそう思っていますけど、長谷さんはいかがですか?」

長谷
「やはり地の利とか歴史とのつながりですかね。会長と話していると、この芝地区の変遷が走馬灯のように見えてきます」

金子
「先代、先々代から聞いてきたことも多いです。先々代も江戸時代の頃は生きていませんし、なかには絵空事に近いような話もあるけれど、それも含めて伝え続けていくことが大切だと思っています。僕たちが口を閉ざして次の世代に伝えなかったら、ここからずっと伝わらない話になってしまいますからね。見てきたこと聞いてきたことは、ぜひ話しておこうと思っています」

長谷
「会長のお店は海外からのお客様も多いですよね」

金子
「コロナ禍になる前は2割5分から3割くらいの席が外国人の方で埋まる時もありました。びっくりするのは、外国人の方も日本の風習が分かっていて大晦日には年越し蕎麦を食べにいらっしゃるんですよ。ある時は45席くらいある2階の席がすべて外国人の方だったこともあります」

長谷
「皆さん、ちゃんとお蕎麦を食べられるんですか?」

金子
「食べていますよ。スパゲッティは音を立てて食べてはいけないと日本人が学んだのと同じように、勉強してから来ているので。あと、この街って大晦日の夜から元旦にかけて物凄くいいことがあるんです。それは、年越し蕎麦を食べて、除夜の鐘を聞いて、東京タワーに登って初日の出を見るという体験が一か所でできることで、こういうことができる街って東京だと芝大門とスカイツリーに近い浅草くらいしかないんです」

長谷
「確かにそうですね」

金子
「あと、さっきの話に付け加えると、どの老舗もお客様に間違いのないものを売っているという魅力がありますね。例えば、お寿司にしても長谷さんのところに食べに行けば間違いのないお寿司が食べられますし、大門の更科に来ていただければ必ず好きだと感じていただける蕎麦に出会えると思います。新正堂もやっぱりあのあんこの味は間違いないものだし、佃煮にしても着物にしたってそうですね。そういうちゃんとした商品を扱っているところが近距離に集まっていることも老舗が長続きする理由のひとつだと思います」
——-港区に観光でいらっしゃる方に教えたい、とっておきの場所はどこでしょうか。

長谷
「昼間に東京タワーに登って、増上寺、芝大神宮などにお詣りして、蕎麦やお寿司なんかを食べたりしたら、やはり夜景をお見逃しなく。小笠原諸島からの船が着く夜の『竹芝桟橋』で恋人と話をしてもいいし、お台場の夜景も綺麗ですし」

一年じゅうロマンチックなお台場の夜景

金子
「僕は古い人間なのかもしれないですが、やはり歴史ですね。代々続くものを大切にしているのは、日本が誇れることですからね。港区は特にそういうものが多くて、数えればキリがないですよ。ランドマークになるような場所だけでも芝公園の中にある縄文時代の『丸山貝塚』や千年以上の歴史がある『芝大神宮』、徳川家の菩提寺である『増上寺』、そして『東京タワー』と、10件20件とあります。そういうところを巡っていただくと面白いでしょうね。そして、その周りには必ず我々みたいな老舗があるので、ちょっと立ち寄っていただければ面白い話ができると思います」

芝百年会の本が発売!

——-ところで2022年の2月17日には芝百年会の活動が書籍になるそうですね。どんな内容になるのか、概要を教えていただけますか。

金子
「『芝百年 暖簾の物語』という本です。芝百年会の事業に『老舗と街歩き』がありまして、いろんな人を集めて老舗の旦那・女将と街を巡ろうという企画を立てていました。でも、コロナが流行してできなくなってしまったので、その思いを本にしようということになりました。旦那や女将が自分の見てきたこと聞いてきたことを書いていて、おざなりの場所案内になっていないところがこの本の一番の特長です。なぜ芝地域にこれだけの老舗が存在してきたのかということに対する理論的な考察もあって、それらを三章立てでまとめた一冊になっています。会員店で販売するほか、Amazonにてネット販売やKindle版の配信も行うので、ぜひ購入して読んでいただきたいです」

『芝百年 暖簾の物語』

——-対談の締めに、それぞれの芝地区への思いを改めて語ってください!

長谷
「『芝で生まれて神田で育ち今じゃ火消しの纏持ち』なんて言葉もありますが、そういう江戸っ子らしい粋を持っているのが芝の人間の気質だと思います。その上で儲けや目先の損得勘定だけでなく、なぜ守らなければならないのか、なぜ捨てていかなければならないのかを、我々のような現代の当主が取捨選択しながら歴史をつないでいかなければならないと感じています。コロナとの戦いもまだ終息とは言えませんが、これを乗り越えることにも今まで百年、百五十年と続いてきたものの意味や意義が問われているんだと思います」

金子
「まずは自分が好きなんですよ、この街のことが。住みやすいし仲間がいる。安全な地域だと思いますし。いろんな新しい情報とそのもとになる古い土台がきっちりしている。本物がちゃんとあるというのがこの街の特徴で、それが好きなのかな。だから、静かなところだと2、3日も暮らせないんです(笑)。喧騒の中でネオンの光があって、いつも何かしら音がしている。殺伐としているように見える中に温かさがある街なので、その温かさに触れに来ていただきたいです」
「芝百年会」公式ホームページ
https://shiba-shinise.com

【書籍情報】
『芝百年 暖簾の物語』
著者:芝百年会
芝百年会の会員店およびAmazonにて2022年2月17日に発売
より詳しい情報および問い合わせは、下記の青山ライフ出版へ
https://aoyamalife.co.jp/index.html

《金子さん、長谷さんのお店の情報はこちらから》
(DATA)
五代目 おかめ鮨
所在地:東京都芝4-9-4 芝濱ビル1F
電話番号:03-3451-6430
テイクアウト営業時間:11:00から受付開始
定休日:土・日曜、祝日

《二人のお話の中に登場した港区内のスポットに関する情報はこちらから》

芝大神宮

社伝によると、平安時代の中ごろに伊勢宮の分霊をまつったといわれる都内有数の古社。芝大神宮という名称は明治以降のもので、それ以前は飯倉神明宮、芝神明宮などと呼ばれていました。芝の神明で思い出すのは、文化2年2月に神明境内で行われた四つ車大八、水引清五郎などの勧進相撲と、このあたり一帯を縄張りとする火消し、め組の鳶との間に起こった、「め組の喧嘩」ですが、神明の門前は当時の港区でもかなりにぎやかな繁華街でした。江戸時代、相撲や芝居は寺社の境内で興行することを許され盛んになりました。芝居は江戸三宮芝居の一つとして、正保2年(1645)芝神明境内で行われたのが最初といわれています。毎年9月に行われる「だらだらまつり」は期間の長いことからその名がついたといわれ、祭礼中に境内やその付近で生姜を盛んに売ったことから生姜市とも呼ばれています。小伝馬町の「べったら市」と共に有名で、浮世絵にも描かれたほど江戸庶民の楽しい行事のひとつでした。まつりの期間中、境内では生姜、千木筥(箱)、甘酒が売られます。千木筥(箱)は雷よけとも、千木が千着に通じるところからタンスの中に入れておくと着物が増えるともいわれる小判型の檜割籠。階段下には、不動貯蓄銀行を興した牧野元次郎の業績を記念する貯金塚が建っています。

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