観光

港区を訪れたら外せない魅力的な観光スポットです。

金杉浦

東京都港区芝

芝浦(現在の本芝公園)と金杉浦は、江戸時代から漁師村として栄え、将軍家に魚を献上する「御菜が浦」として「江戸前」の中でも重要な場所でした。現在でも、金杉浦付近の屋形船や船宿が連なる町の風景に、往時を偲ぶことができます。

続きを読む

魚籃寺

東京都港区三田4-8-34

魚籃とは魚をいれるカゴのこと。同寺の本尊は右手に魚の入った籃をたずさえた魚籃観世音菩薩です。中国・唐の時代、仏が美しい乙女の姿で現れ、竹カゴに入れた魚を売りながら仏法を広めたという故事に基づいて造形されたといいます。

続きを読む

魚籃坂

東京都港区三田4-8

坂の中腹に魚籃観音を安置した寺があるために名づけられました。

続きを読む

魚供養之碑

東京都港区芝公園4-7-35 増上寺内境内

魚がしに会社を起こし、水産物を商って37年ひたすら業界の発展と社会への貢献を志し、困難を克服して現在に至った足跡を顧みるとき、感慨ひとしお無量なるものがあります。 今日があるのは、水産物のおかげであるという深い感謝をこめて魚供養碑は建立されました。

続きを読む

牛鳴坂

東京都港区赤坂4-1と4-8の間

赤坂から青山へ抜ける厚木通で、路面が悪く車をひく牛が苦しんだため名づけられました。さいかち坂ともいいます。

続きを読む

牛坂

東京都港区西麻布4-10と4-11の間

源経基(みなもとのつねもと)や白金長者の伝説のある笄橋に続く古代の交通路で、牛車が往来したためと想像されます。

続きを読む

旧木村屋

東京都港区芝浦1-7-1

芝浦一丁目交差点にでると、交差点沿いにレトロな雰囲気の建物があります。ここが大正10年建築の旧木村屋です。木村拓哉主演「ラブ・ジェネレーション」(フジテレビ)のロケ地となり、一躍有名になりました。

続きを読む

旧乃木邸

東京都港区赤坂8-11-32

明治の軍人乃木大将の邸宅で、大正元年(1912)9月13日、明治天皇大葬の日、乃木夫妻が殉死したところです。将軍はドイツ留学前はおしゃれな人だったが、留学後は謹厳無比な軍人になったといわれています。この屋敷も将官の住まいとしては大変質素で、レンガ造りのきゅう舎の立派さと比べ評判になったそうです。毎年9月12日・13日に内部が公開されます。隣接して乃木神社が建てられており、神社前の乃木坂は大正元年(1912)乃木大将の葬儀と同時に幽霊坂から改称されました。 乃木邸のある乃木公園にはサクラの大木があり、毎年見事な花で訪れる人を楽しませてくれます。 旧乃木邸一般公開(9月12・13日)

続きを読む

旧台徳院霊廟・惣門

東京都港区芝公園4-8

寛永9(1632)年造営の2代将軍徳川秀忠の廟所です。昭和20(1945)年の東京大空襲で、幾つかの門だけが罹災を免れ保存されました。

続きを読む

旧新橋停車場 鉄道歴史展示室

東京都港区東新橋1-5-3

明治5年に開業した新橋停車場の駅舎を、当時と同じ場所に開業当時の外観で再現しています。平成3年から行われた発掘調査により、駅舎やプラットホームなど構内の諸施設の礎石が発掘され、平成8年、一部の遺構が史跡として国の指定を受けました。この史跡を保護し、鉄道発祥の往時を偲ぶために再建したものです。内部には鉄道歴史展示室もあり、発掘調査によって出土した品も展示されています。

続きを読む

旧芝離宮恩賜庭園

東京都港区海岸1-4-1

旧芝離宮恩賜庭園は、1678年から1686年に作庭されたと推定される、最も古い大名庭園のひとつです。江戸初期の典型的な回遊式泉水庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は非常に優れており、国の名勝指定を受けています。ここはもともと海面だったのが埋め立てられ、老中・大久保忠朝の邸地となりました。忠朝は上屋敷を建てる際に庭園を造らせ、「楽寿園」と命名しました。その後、幾人かの所有者を経たのち、幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となりました。1871年には有栖川宮家の所有となり、1875年に宮内省が買い上げ、その翌年に芝離宮となりました。関東大震災の際に被害を受けましたが、その翌年には皇太子(昭和天皇)のご成婚記念として東京市の所有となり復旧され、1924年から一般公開されています。

続きを読む

旧細川邸のシイ

東京都港区高輪1-16-25

高松中学枚の脇には、目通り幹囲 7.4m、高さ17mの旧細川邸のシイ(都天然記念物)が立っています。このシイはスダジイといい、常緑の巨木で、夏には花が咲き、翌年の秋に成熟して実となります。妖気漂う樹形は歴史の紆余曲折を感じさせます。校内にはこのスダジイほかにも、シイ、ケヤキなどの大木が残されています。

続きを読む

旧国立公衆衛生院

東京都港区白金台4-6-1

2002年(平成14年)に改組・廃止された、日本の公衆衛生の向上を目的とした調査研究機関です。建物および設備は、アメリカ・ロックフェラー財団から日本政府へ寄贈されたものである。現在は、国立感染症研究所の一部などと共に国立保健医療科学院となり、埼玉県和光市に移転しています。

続きを読む

旧協働会館

東京都港区芝浦1-11

老朽化のため閉鎖されネットがかけられていますが、昭和11年に芝浦花柳界の見番として建てられた「協働会館」です。近代木造建築の技術と意匠を巧みに折り合わせ贅を尽くしたとされる、近代和風の建築物で、目黒雅叙園でも活躍した棟梁・酒井久五郎の作です。芝浦ではかつての花街の面影を残す唯一の遺構となっています。

続きを読む

旧岩崎邸庭園(国際文化会館)

東京都港区六本木5-11-16

三菱の四代目・岩崎小弥太が、京都の名造園家「梅治(うえじ)」こと7代目小川治兵衛に依頼し造らせた庭園です。江戸初期の名残を残す近代庭園の傑作といわれており、平成17年に港区の名勝にも指定されています。

続きを読む

久國神社

東京都港区六本木2-1-16

久國神社では、福徳円満の神「布袋尊」が祀られています。太田道灌が鎌倉時代の名工・久國作の宝剣を寄進したことから「久国稲荷大明神」として尊敬されています。また、正面拝殿の額は勝海舟の筆によるものとされています。 布袋尊は七福神の中で唯一実在した人物でお坊さんです。小柄で太鼓腹、破れた衣を着て、いつも大きな袋を持っていました。袋の中には日常生活に必要なものがすべて入っていたそうです。占いや天候を予知することが上手で、雪の中に寝ても身体が濡れなかったと言う話が伝えられています。また、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身と言われ、現在でも中国では布袋さまを弥勒さんと呼んでいます。

続きを読む

菊池寛実記念 智美術館

東京都港区虎ノ門4-1-35 西久保ビル

平成15年開館の「菊池寛実記念 智美術館」(きくちかんじつきねん ともびじゅつかん)は、現代陶芸のコレクター菊池智が、実業家であった父・菊池寛実のゆかりの地に創設した美術館です。凛とした雰囲気が伝わってくる館内。玄関ドアの鋳金、大理石の床、エントランスの書・篠田桃紅の「ある女主人の肖像」、そして地下の展示室に向かう螺旋(らせん)階段の透明ガラスの輝く手すりなどの美的空間が用意され、この独自の展示空間で、現代陶芸を中心とした展覧会が催されています。ティファニー特注のステンドグラスなど選び抜かれた調度品が館内を彩ります。

続きを読む

亀塚公園

東京都港区三田4-16-20

「亀塚公園」という名のとおり、園内には「亀塚」が保存されています。その名にちなんだ亀のスプリング遊具や園名板なども設置されています。平成19年に斜面地に階段を整備し、園内を通って三田3丁目と4丁目を行き来することが可能になりました。また、園内には都心では珍しくなったカントウタンポポを保全しており、毎年4月から5月の開花時期に合わせ、開放しています。

続きを読む

亀塚稲荷神社

東京都港区三田4-14-18

霊亀を祀った祠があり、太田道灌がこの地に物見台を置くに当たってこの祠を守護神として創建したと言われます。

続きを読む

亀塚

東京都港区三田4-16-20

古墳時代の土器の破片が多数出土し、円墳ではないかと考えられています。平安時代の更級日記(さらしなにっき)に見える竹芝寺の伝説地とも。

続きを読む

紀伊国坂

東京都港区元赤坂2-1と千代田区との境

坂の西側に江戸時代を通じて紀州(和歌山県)徳川家の広大な屋敷があったところから呼ばれました。小泉八雲の「怪談」に出てくる坂としても知られ、都内でも風趣に富んだ坂の一つです。赤坂離宮前から弁慶堀に沿って元赤坂1丁目方向へゆるやかに下り、弁慶堀の真ん中あたりから南側が港区。江戸城外堀のことを別名弁慶堀と呼ぶのは、寛永年間に堀割工事を請け負った弁慶小右衛門の名をとったものと伝えられます。この弁慶堀にかけられている弁慶橋は明治22年に造られ、擬宝珠は旧諸橋から集められたものです。

続きを読む

寄席坂

東京都港区六本木3-4と3-5の間

坂の途中の北側に、明治から大正にかけて、福井亭という寄席があったために、寄席坂とよびならわすようになりました。

続きを読む

雁木坂

東京都港区麻布台1-7と1-9の間

階段になった坂を一般的に雁木坂といいますが、敷石が直角に組まれていたから等ともいい、当て字で岩岐坂とも書きます。

続きを読む

巌谷小波の住宅跡

東京都港区高輪4-1-8

明治3年生まれの童話作家。独逸学協会学校を卒業後、尾崎紅葉らの「硯友社」に加わっています。明治24年「黄金丸」を発表し、創作童話作家としてお伽噺などを作りました。また、世界各国の童話の紹介にも力を尽くし、大正15年にはデンマーク国二等勲章を受けました。この住居跡は明治40年に購入し、改築を加えて昭和8年に亡くなるまで住んでいました。その後、人手に渡り、漫画家清水昆氏宅となっていましたが、現在は会社に変わっています。また、記念碑(写真)が増上寺本堂裏にあります。

続きを読む

海岸通り

東京都港区芝1

東京湾のすぐ近くの通りです。東京湾周辺では、潮干狩りや伝統漁法にのっとった簀立を楽しむことができます。

続きを読む