日本遺産普及協会・代表監事が説く『日本遺産』の意義と 多層的な地域のストーリー

日本の豊かな文化財を歴史や伝統を背景としたストーリーで繋ぐ日本遺産。2015年からスタートした文化庁によるこの制度は、地域の活性化や観光振興という形で結実しつつあります。そして、日本遺産検定の実施などで語り部の育成と制度の普及に力を注いでいるのが、一般社団法人日本遺産普及協会です。今回は、代表監事を務める黒田尚嗣さんに、日本遺産の意義や認定されるメリット、さらには、日本遺産オフィシャルパートナーを務める港区観光協会の役割などについてお聞きしました。

日本遺産への思いと普及のための検定試験

日本遺産普及協会代表監事の黒田尚嗣さん

――まずは、黒田さんと日本遺産の関わりについて教えてください。どのような経緯で日本遺産の普及活動に取り組むことになったのでしょうか。

「私は旅行会社のクラブツーリズムでテーマ旅行部の顧問を務めておりまして、これまでも国内外を問わず、数多くのテーマ旅行の企画に携わってきました。日本遺産と関わることになった最初のきっかけは、そうした業務の一環として、世界遺産の啓発活動を行う世界遺産アカデミーに出向した同期の社員を手伝うことになったからなんです。当初は、世界遺産検定のお手伝いや世界遺産を巡るツアーの企画・執筆を行っていたのですが、講演やツアーを続けるうちに、少しずつ世界遺産の課題を感じるようになりました。世界遺産はユネスコによる認定であり、どうしても国際的な調整が必要になります。たとえば、日本古来の捕鯨文化といった日本人にとっては大切な文化であっても、世界遺産の枠組みではなかなか評価されにくいという現実がありました。そんな折、文化庁による日本遺産という新しい制度がスタートしました。日本遺産は有形・無形の文化財を組み合わせて一つのストーリーとして認定し、地域の活性化や地方創生につなげるという仕組みです。ちょうど私たちが企画していた歴史ツアーの行き先が認定地と重なっていたこともあり、文化庁の担当者の方から、『日本遺産の認定地のツアーを企画してもらえないか』と打診していただいたんです。それ以来、私が所属するテーマ旅行部で積極的に日本遺産ツアーを企画し、講座などを通じてその魅力を発信するようになりました。これが、私と日本遺産の長い付き合いの始まりです」

2015年に登録された最初の地域型日本遺産「丹波篠山 デカンショ節」(写真提供・黒田さん)

――タイミングが合ったということですね。日本遺産について、改めてどういった制度なのか、ご説明いただけないでしょうか。

「簡単に言えば、単体の文化財を保護するだけでなく、それらが語るストーリー全体を認定する制度です。従来の文化行政は国宝や重要文化財を保存することに主眼を置いていました。しかし、日本遺産はそれらを観光資源として活用し、地方創生に繋げることを目的としています。日本遺産には大きく分けて2つの形があります。一つは地域型。これは一つの自治体内で完結するストーリーです。もう一つはシリアル型(ネットワーク型)。複数の市町村をまたいで共通のテーマで繋がる物語です。2026年現在、文化庁によって104のストーリーが認定されていますが、こうして物語仕立てにすることで、歴史に詳しくなかった方でも、『なぜこの場所にこのお寺があるのか』『なぜこの祭りが続いているのか』といったように、その地域のことを深く理解できるようになります。点が線になり、面になることで、地域のアイデンティティが浮き彫りになってくる制度だといえます」
――その日本遺産を普及するための団体が日本遺産普及協会です。設立までの流れについて教えてください。

「もともとは、日本遺産に関心のある方たちがクラブツーリズムで行っていた私の講座を受けに来てくれていたんです。日本遺産をもっと知りたいという思いから、2021年に研究会が発足しまして、その中の有志から『本格的に検定を実施して、日本遺産を広めよう』という声が上がり、2023年1月に一般社団法人化して、日本遺産普及協会となりました」

検定に合格するともらえる各級の認定証

――日本遺産普及協会で実施している日本遺産検定とは、どういったものなのでしょうか。

「日本遺産検定は受験者を落とすための試験ではありません。より多くの人に日本遺産を知ってもらうための入り口でありたいと考えています。現在は3級・2級・1級を設定しており、基礎とも言える3級は104あるストーリーのポイントを広く浅く知っていただくためのもので、オンラインで実施しています。合格者には日本遺産ソムリエという称号を授与していまして、単に合格して終わりではなく、合格後も学芸員さんによる研修会や講座に無料で参加できる仕組みを作っています」
――3級に合格した人が2級、1級の試験を受けることができるという流れなのでしょうか。

「そうですね。2級は少し難易度が上がります。そして、ある程度、2級の合格者が出た段階で、最高峰の1級の試験を実施しました。1級はかなりレベルを高く設定しており、ストーリーの背景にある深い歴史的知識が問われます。第1回の合格者はわずか4名という、非常に狭き門となりました。これを受け、1級を目指す方やプロのガイドを目指す方向けに、今年の1月から『日本遺産プロフェッショナル講座(目からウロコの日本遺産)』を開講しました。全104のストーリーを私が一つずつ解説するオンライン講座で、アーカイブも視聴可能です。これをマスターすれば、日本遺産のガイドとして即戦力になれるほどの充実した内容になっています」

忍者の末裔が伝える第一情報の大切さ

伊賀市の史跡芭蕉翁生家(写真提供・黒田さん)

――『日本遺産プロフェッショナル講座』は日本遺産を知り尽くしている黒田さんならではの講座ですね。黒田さんは、実は「忍者の末裔」だと伺いました。そのバックグラウンドが日本遺産を読み解く視点にも影響を与えているのでしょうか。

「はい。私の出身は三重県の伊賀上野で、俳聖・松尾芭蕉の生家の向かいで生まれました。さらに、先祖を辿ると東大寺の荘園の名主であり、伊賀流忍者の発祥に関わる「黒田の悪党」の血を引いています。祖父が亡くなるまで私は知らなかったのですが、山の中の一軒家で育てられた経験や、教え込まれた思想はまさに“忍び”そのものでした。忍者には五行(ごぎょう)に基づいた五遁(ごとん)の術というものがあります。一般的には煙幕で消えるようなイメージですが、本質は違います。例えば、水遁は水源や水の流れを徹底的に調べる地政学であり、木遁は植物の生態系を知り薬草や火薬の知識を得ること。土遁は土地の形状を熟知することです。つまり、忍びの仕事の本質は『情報を収集して、活用すること』にあるんですね」

伊賀の上野市駅には「忍者市駅」という愛称が併記(写真提供・黒田さん)

――情報の捉え方が、普通の人とは違うということですね。

「そうです。忍者は一次情報を何よりも大切にします。現代の多くの人は、ガイドブックやインターネットにある二次情報や三次情報だけで旅をしています。しかし、本当の忍びは自分の足で現地へ行き、高い所に登って地形を眺め、地元の古老と対話し、地名に残された由来を考察します。『ここは昔、わらじを履き替えた場所だから沓掛(くつかけ)という地名なのだな』といった、生きた情報を積み重ねていく。そうすることで、表面的な観光ではない、その土地の裏側の歴史や本当の物語が見えてきます。私はこの手法を10代の頃から続けてきましたから、日本遺産のストーリーを語る際も、教科書通りではない、より深い層の話ができるのだと思っています。かつて、日本旅行作家協会の会長だった兼高かおるさんから、『あなたは伊賀の出身だから、旅の記事を書くなら平成の松尾芭蕉として活動しなさい』とアドバイスをいただきました。それ以来、“平成芭蕉”というペンネームで、旅の真髄を発信し続けています」

認定されたことによって地域が大きく動き出す

江戸庶民の人気を集めた「巨大な木太刀を担いで大山詣り」(写真提供・黒田さん)

――日本遺産で認定されているストーリーも、さらに深掘りしたり、発展させたりできるのでしょうか。

「もちろんです。むしろ、認定されているストーリーをベースに、いかに自分なりの視点を加えていくかが醍醐味だと思っています。たとえば、神奈川県伊勢原市の『大山詣り』という日本遺産があります。公式のストーリーは主に江戸時代の『大山講』を中心としていますが、関西の人から見ると、大山は東大寺の初代住職・良弁(ろうべん)さんが開山した場所というイメージが強い。さらに歴史ファンなら、北条氏を支えた僧兵の歴史に惹かれるでしょう。ターゲットに合わせて、『奈良時代の良弁さんゆかりの地ですよ』と語るのか、『戦国時代の戦略拠点ですよ』と語るのか、ストーリーを多層的に捉えることで、日本遺産はもっと面白くなります。島根県益田市のストーリーも、中世に益田氏が招聘した雪舟が中心のテーマですが、飛鳥時代から奈良時代初頭にかけて活躍し、万葉集にも多くの歌を残した歌人・柿本人麻呂のゆかりの地でもあります。『画聖・雪舟と歌聖・人麻呂、二人の聖人が愛した街』と紹介したほうが、より多くの人の心に響くかもしれません。このように、歴史の連続性の中でストーリーを捉え直すことが、日本遺産の価値をさらに高めていくのです」

益田市高津柿本神社の柿本人麻呂像(写真提供・黒田さん)

――とても面白いですね。では、その地域のストーリーが日本遺産に認定されることで、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。

「経済的な観光振興はもちろんですが、最大のメリットはプライド(地域への誇り)の回復と、地域の絆の深化だと考えています。成功例として、私の出身地である伊賀市と、隣接する滋賀県甲賀(こうか)市の事例があります。『忍びの里 伊賀・甲賀―リアル忍者を求めて―』というシリアル型の日本遺産に認定されたことで、両市の間に行政の枠を超えた交流が生まれました。『本当の忍者の姿を正しく伝えよう』という共通の目的ができたことで、地元の皆さんが自分の街の歴史に誇りを持つようになった。2月22日を忍者の日(ニン・ニン・ニン)として盛り上げたり、マスコミの取材を通じてリアル忍者の姿が全国に発信されたりと、認定をきっかけに地域が大きく動き出しました」
――大きなきっかけになったわけですね。ただ、日本遺産は、認定された後も努力が求められると聞きました。

「そこが世界遺産との大きな違いです。世界遺産は一度認定されれば、よほどのことがない限り取り消されませんが、日本遺産は“活用と活性化”の努力が足りないと判断されると、認定が取り消されることがあります。実際に、過去にはそうした事例もありました。だからこそ、地域は常にストーリーを磨き、発信し続けなければなりません。厳しい面もありますが、それが地域の活力を生み出すエンジンになっていると考えています」

都心の玄関口としての港区に期待すること

600年の歴史を持つ増上寺

――港区観光協会は日本遺産のオフィシャルパートナーとして活動しています。黒田さんは、港区にどのような期待を寄せていますか。

「港区はまさに『都心のゲートウェイ(玄関口)』です。江戸時代から続く増上寺の信仰、芝大神宮、そして近代の開国の舞台となったお台場や高輪。これほどまでに重層的な歴史が凝縮されているエリアは他にありません。現在、東京都内で日本遺産に認定されているのは八王子市だけです。正直なところ、観光客が最も集まる東京の中心部や京都の市街地、奈良の東大寺周辺などに日本遺産の旗が立っていないのは、非常にもったいないことだと感じています。世界中の人々が訪れる玄関口の港区に日本遺産の旗が立てば、その普及効果は計り知れません」

黒船来航を契機に築造されたお台場

――港区観光協会が取り組むべき役割とは何でしょうか。

「認定を受けることをゴールにするのではなく、まず日本遺産のノウハウを自由に取り入れることです。行政や観光関係者だけでなく、住民の方々に『自分たちの街がいかに素晴らしい物語を持っているか』を伝える活動に期待しています。たとえば、港区には『徳川の平和』という強力なストーリーがあります。増上寺や芝のエリアだけでなく、高輪ゲートウェイ周辺も、かつては江戸の入り口として平和を守る重要な役割を果たしてきました。お台場にしても、単なるレジャースポットではなく、『国を守るために作られたが、一度も砲火を交えることなく平和を守り抜いた場所』というストーリーで語ることができます。単なる点としての観光地紹介ではなく、これらのスポットを貫く物語を紡ぎ出し、住民や事業者の皆さんに伝えていく。そうすることで、港区は『通過する場所』から『語り継がれる場所』へと進化していくはずです」

104ある日本遺産の各地域でもらえる「日本遺産の御周印」

――では最後に、この記事を読んでいる読者の皆さんへメッセージをお願いします。

「日本遺産は決して遠い存在ではありません。皆さんの出身地や、今住んでいる場所のすぐ近くにも、必ず素晴らしいストーリーが眠っています。文化庁のポータルサイトを眺めるだけでなく、実際に足を運んでみてください。そして、現地の方と話をしてみてください。自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じたこと、その体験を通じて得た気付きを、既存のストーリーにミックスさせてほしいと思います。知識として覚えるのではなく、自分自身の思いを乗せて語る。そうすることで、日本遺産は初めて生きた物語になります。『私の街にはこんなに素敵な日本遺産があるんだよ』といったように、自分の言葉で語れる日本遺産をぜひ一つでも多く増やしていってください。それが日本の伝統文化を守り、未来へと繋いでいく一番の力になります」
《日本遺産普及協会》
https://jhda.or.jp/

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