港区の歴史を物語る!現代は憩いの場の「公園」

のんびり散歩をしたり、ベンチでお昼を食べたり、木陰で休憩したり。公園は、四季のうつろいを感じながら、子どもから大人まで思い思いに楽しめる市民の憩いの場です。そんな今日の「公園」が誕生は1873年までさかのぼります。明治政府からの「太政官布達」という政令で、「古来から名所旧跡といわれるところは公園として申し出よ」という通達が出され、芝、上野、浅草、深川、飛鳥山の5つの公園が制定されたことから「公園」が生まれました。

このとき公園になった場所は、芝は増上寺、上野は寛永寺、浅草は浅草寺、深川は永代寺とその多くが境内の一部。また、大名屋敷の庭園も同様に公園に制定されていくことになり、これによって、古くから寺社や武家・大名屋敷の集積地であった港区に、公園が多く設置されることとなるのです。

そもそも日本では、昔から神社やお寺の境内が、お祭りなど庶民の憩いの場として活用され、公園のような役割を果たしていました。港区が古くより人が集まる街であるのは、そういった「場」がもつ役割や力が連綿とつながっていっているからなのかもしれません。

芝公園 - 歴史と自然が共存する日本最初の公園

増上寺境内に開園した芝公園

日本に作られた最初の5つの都市公園の1つとして1873年に開園しました。元々は増上寺境内の敷地を公園としていましたが、戦後の政教分離の考えにより、独立して宗教色のない都立公園として新たに遊具や運動施設などが設けられ、整備されることになります。

芝公園が増上寺の周りをリング状に囲んでいるのは、こういった理由なのです。増上寺を敷地に含んでいた時代の総面積は現在の約3倍ほどの広さだったそう。園内の花壇では、区民が手入れしている季節ごとの花が楽しむことが出来ます。

旧芝離宮恩賜庭園 - ぐるりと一周して楽しめる 最古の大名屋敷の回遊式庭園

都心にある回遊式庭園

泉水を中心に作られた、回遊式庭園です。回遊式庭園とは、園内をぐるりと回りながら、壮大な自然を模した景観や四季折々の季節の花を楽しむことが出来る日本庭園の形式です。

元は海面を埋め立てた土地を、1678年に老中・大久保忠朝が徳川家綱から拝領し作られた大名庭園「楽壽園」でした。当時は池の水を海水から引き入れており、引き潮の時は中島から浮島に渡れ、潮の干満により州浜や島々の風景が劇的に変化したといわれています。

幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となり、さらに有栖川宮家を経て宮内省が買い上げ1876年「芝離宮」となりました。昭和天皇の御成婚を記念して東京市に下賜され1924年から「旧芝離宮恩賜庭園」として一般に公開されています。

台場公園 - 黒船来航の痕跡を残す海辺の公園

台場跡地(第三台場)

お台場海浜公園から地続きで行ける台場公園は、 ペリーの黒船来航に備え東京湾上に作られた品川台場の跡地の一つである第三台場を利用して1928年に開園しました。

「太平の眠りをさます上喜撰(じょうきせん)たった四はいで夜もねられず」という狂歌は、黒船来航時の市中の騒動ぶりを唄ったものですが、驚いたのは幕府も同様。海上警備に危機を感じた江戸幕府は、1853年に6つの台場(砲台)を築造し、海防にあたったのです。

実際にはどの台場も使われることはありませんでしたが、現在は第三台場と第六台場が残され、第三台場は公園に、第六台場は自然豊かで学術的にも貴重な史跡として海上に保全されています。

有栖川宮記念公園 - 有栖川宮から受け継いだ 自然豊かな子どもの公園

地形を活かした日本庭園

麻布の真ん中にありながら、のんびり自然を満喫出来る閑静な有栖川宮記念公園。坂の多い街として知られる麻布の地形を活かし、渓流や大小2つの滝など、起伏に富んだ日本庭園が魅力です。

この場所は、江戸時代、盛岡南部藩の下屋敷として使われていましたが、明治に入り有栖川宮威仁(ありすがわのみやたけひと)親王の栽仁(たねひと)王新邸造成の御用地となりました。

有栖川宮熾仁親王の銅像

有栖川宮から土地を引き継いだ高松宮殿下が、児童福祉と教育の見地から1934年に東京都に賜与され、記念公園として一般開放されることになりました。園内の管理事務所近くには、有栖川宮熾仁親王の銅像が建てられ、公園のシンボルになっています。

国立科学博物館附属自然教育園 - 大都市「東京」以前の自然を残す都会のオアシス

古くから残る貴重な自然

東京が今のような大都市になる前の自然の姿を残す数少ない都市緑地です。園内からは貝塚や縄文土器が発見され、室町の時代は豪族の館であったとされています。江戸時代は高松藩主松平讃岐守頼重の下屋敷として、明治時代は陸海軍の火薬庫、大正時代は宮内庁の白金御料地にとその遍歴を重ねます。

1949年に全域が国の天然記念物および史跡に指定されると同時に、国立自然教育園として一般に公開されるようになり、その後、1962年に国立科学博物館附属自然教育園として名を改め今日に至ります。

一般の人々が中に入ることができなかったために、昔からの東京が持つ豊かな自然がそのままに残されており、そのまれに見る状態を、できる限り本来の姿に近いままに残そうという考えの元で公園が運営されているため、まさにタイムトラベル気分を味わえる貴重な都会のオアシスです。

公園タイムトラベルツアーマップ


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